女工哀歌 涙で前が見えずとも、生きねばならぬ地獄道
1920年(大正9年)頃から世界的大恐慌は広がり日本の農村は悲惨であった。
米価の低迷、凶作が追い打ちをかけ、血税の上借金苦となって…。
娘の身売り、口減らし、餓死、自殺が後を絶たなかった。
日本が産業革命を進め「富国強兵」を成し得たカゲには低賃金があった。
製糸、紡績等の労働者の大多数は女工で、農村からの出稼ぎ流出が担っていた。
その労働条件たるや劣悪で、1日16時間、7時間食事は15分程度フルに身体を酷使してノルマを達成するには厳しく深夜まで働きその過酷さで身体の弱い者は次々と倒れ死に至っていた。
企業側は生産、能率アップで利益につながり彼女ら女工は「借金奴隷」であった。
そうした劣悪な環境に田舎の農家で育った16歳の咲は身売りされるのであった。
■目次・前編 涙で前がみえずとも、生きねばならぬ地獄道・中編 地獄を抜け出しても、そこに待っていたのは、さらなる地獄・後編 少女から大人になったお咲、ついに羽ばたく…■画 ケン月影
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