長らく疎遠だった父が、死んだ。遺言状には「明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」という不可解な言葉。娘の明日香は戸惑いを覚えたが、医師であった父が最期まで守っていた洋館を、兄に代わり受け継ぐことを決める。25年ぶりに足を踏み入れた生家には、自分の知らない父の痕跡がそこかしこに残っていた。年下の恋人・冬馬と共に家財道具の処分を始めた明日香だったが、整理が進むにつれ、漫画家の仕事がぎくしゃくし始め、さらに俳優である冬馬との間にもすれ違いが生じるようになる。次々に現れる奇妙な遺物に翻弄される明日香の目の前に、父と自分の娘と暮らしていたという女・妃美子が現れて……。「家族」「男女」――安心できるけれど窮屈な、名付けられた関係性の中で、人はどう生きるのか。家族をうしない、恋人をうしない、依るべきものをなくした世界で、人はどう生きるのか。いま、最も注目されている作家・彩瀬まるが、愛による呪縛と、愛に囚われない生き方とを探る、野心的長篇小説。解説:村山由佳