文化を愛する実業家にして、「無私」の男。 昭和13年、青年実業家の瀬田修司は横濱に降り立った。関東大震災から復興した横濱は、ジャズが流れモガ・モボが闊歩する華やかな文化あふれる国際都市。折しも日中戦争が始まり、軍需景気にあやかりたい瀬田は、横濱一の大富豪である原三渓からの出資を得ようと、三渓について調べ始める。 実業家としての三渓は、富岡製糸場のオーナーであり「生糸王」の異名を持っていた。その一方で、関東大震災では私財をなげうって被災者たちの救済にあたった。また、稀代の数寄者としても名を馳せ、茶の湯に通じ、「西の桂離宮、東の三渓園」と言われる名園を築いた文化人。前田青邨や小林古径など、日本画家たちの育成を支援……と、いくら調べても交渉材料となるような醜聞の一つも見つからず、瀬田は苛立つ。 やがて「電力王」として知られる実業家、松永安左ヱ門に会った瀬田は、松永の仲介で三渓に会うことが叶う。 三渓園の茶室を訪れた瀬田は、そこで原三渓と出会ったことで、少しずつ考え方を変えていく。 実は少年時代、瀬田にとっては忘れえぬある記憶があった……。