――ふいに、簑島夫人のぬれたような黒い髪と眼を思いだした。<br />わたしの指よりも白く細い、オパールの指輪をはめた彼女の指が、夫の体をまさぐっている。<br />そんな沈んだ色合の場面を、わたしは心の中に描いていた……。<br />単調な家庭生活に倦み、くずれた幻を追う人妻のむつ子。<br />孤独をいやすために、血のつながらない従弟の‘若い心’をくすぐる感受性の鋭い女。<br />妻子ある男との無謀な恋にふけり、疲れ果て自殺に失敗した過去のある女の、‘愛’の不条理を描いた長編傑作。<br />