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看取り医 独庵

桜を見せたい夫、夫の志を見たかった妻!大川堤の桜のつぼみが、ほころびる様子もなく寒風に耐えていた春の初め、浅草諏訪町にある独庵の診療所に懐かしい男が顔を見せた。
長崎遊学中ともに勉学に励んだ佐田利良だった。
早速、診察室に招じ入れると、佐田が土産だと言って差し出したのは、江戸はもとより、日の本でも珍しい葡萄酒だった。
故郷の甲州で自ら作ったものだという。
眼科を志していた佐田は、あれこれ事情があって、今は、日本橋で薬種屋を営んでいるとか。
葡萄酒の製造も、あくまで薬として売り出すつもりらしい。
しかし、佐田が独庵を訪ねたわけは、もとより葡萄酒を進呈するためではなかった。
佐田の内儀・千代は予てより江戸患い(脚気)に苦しみ、その道の名医・道寺の診立てでは、もはや先が長くない。
佐田の願いは、この春の桜をひと目見せてやることだったが、白底翳(白内障)で、それも覚束ない。
佐田の来訪は、独庵に江戸きっての眼医者・破風元代に口をきいてもらえないか、ということだった。
快諾した独庵は面識のない破風が受けざるを得ないよう策を講じ、佐田を連れて面談を求めたが……。
2021年啓文堂書店時代小説文庫大賞第1位受賞作、待望の書き下ろし第3弾。




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