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提灯奉行

初老の純情侍、御台様と恋に落ちる! 文化九年(1812)六月、九代将軍重の菩提を弔うため、十一代将軍家斉の正室寔子が芝増上寺に向かったのは、夏の暑い盛りだった。
老中牧野備前守が先導する百人余の行列が愛宕下に差しかかった時、異変は起きた。
三人の刺客が白刃を振りかざして、絢爛豪華な女駕籠に襲いかかったのだ。
算を乱した一行に警護の隙が生じた。
その刹那、水無月の烈日が照りつける地を蹴って、一人の武士が馳せ参じるや、抜く手も見せず、三人を切り伏せた。
幸若舞かと見紛う鮮やかな体捌きに、その場に居合わせた一同の動きがひたと止まった。
まさに一瞬の出来事だった。
武士の名は白野弁蔵、表御殿の灯火全般を差配する提灯奉行にして、御目付神保中務から陰扶持を頂戴する直心影流の達人だった。
そば近くに呼び寄せた弁蔵を一目見て、寔子の心にさざ波が立った。
弁蔵の胸にもほのかな灯がともる。
徳川家八百万石の御台所と八十俵取り、御目見得以下の初老の武士の秘めたる恋の芽生えだった。
そして、それは、戦国の世に端を発する闇の一族から想い人を守らんとする弁蔵の死闘の始まりでもあった。




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