「走る? 走るとはなんじゃ。<br />余は知らぬぞ」殿は生まれてこの方、走られたことがない。<br />必要がなかったからだ。<br />ある日、殿は籠の小窓から飛脚を見て、「走る」楽しさを知ってしまった。<br />「爺。<br />余は走りたくなった」殿がそう言いだしたからには、仕方がない。<br />まだ一度も走ったことのない殿を走らせるために、爺は走りの師匠を呼び寄せて、殿に走り方を教えるよう命じた。<br />「お任せください。<br />必ずや、城内一の早足にして差し上げます」師匠は殿に、そう約束したのだが…