私は彼の私
日々は過ぎ去り、しかし10月は何度でも回帰する。
夏が去れば、次には秋がやってくる。
しかし、季節のうつろいはゆるやかで、いたるところに夏の名残があるだろう。
そのいっぽうで、そんな自然な推移など一切認めない、とばかり一切の痕跡を残さない、強い意志の下にあらわれる別れがある。
彼女はもういない。
彼女の香りは、手がかりはもうどこにもない。
彼女が「私は彼の私」と他人に言うことはもうないだろう。
残されたのは、共に暮した家だけだ。
ただその家の前を、通り過ぎることなら今でも可能だ。
【著者】片岡義男1939年東京生まれ。
早稲田大学在学中にコラムの執筆や翻訳を始め、74年『白い波の荒野へ』で作家デビュー。
75年『スローなブギにしてくれ』で野生時代新人賞を受賞。
ほか代表作に『ロンサム・カウボーイ』『ボビーに首ったけ』『彼のオートバイ、彼女の島』など多数。
http://kataokayoshio.com/
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