後白河皇女として生を享け、斎院として華やかな時を過したはずの式子内親王。<br />しかしその歌は、〈忍ぶる恋〉に特色づけられるように、耀きに満ちたものではない。<br />法皇没後に、陰謀事件との関係を疑われ出家し、孤独な生涯を閉じた式子。<br />なぜ激しく熱い心を、深い鬱情のうちに閉じ込めざるを得なかったのか……。<br />歌と生涯を辿り、一つの時代の終焉を詠めざるを得なかった、女の姿を浮彫りにする。<br />