いつか、上高地でフルートを
諒太は鎌倉駅近くのケーキ店で、フルートを持った若い女性を見かけた。
入院中の祖母がフルートを聞きたいと言っていたことを思い出した諒太は、思わず女性に声をかけ、今度一時帰宅する祖母にフルートの演奏を聞かせてもらえないかと頼む。
あまりにも唐突な申し出に女性は戸惑うが、諒太の不器用そうだが誠実なしぐさに接し、また自分のことを本当に心配してくれた祖母のことを思い出し、諒太の申し出を受けることにする。
女性の名前は「あずみ」、山を愛した父がつけてくれた名前だった。
山が好きで何度も上高地に通っていた諒太は、そんなあずみとの出会いに心を動かされるが、あずみ自身は「自分は歩くのが苦手…」と言う。
思い悩むことの多かった諒太にとっては、明るい笑顔とあたたかい声で自分に話しかけてくれるあずみと過ごす時間は、かけがえのないものだった。
しかしあることをきっかけに、あずみはもうこれ以上諒太と一緒にいることはできないと決心する。
鎌倉由比ガ浜に寄せる波の音とどこまでも続く海と空、上高地から見上げる穂高の峰々と清冽な梓川の流れ。
自分らしく生きることに思い悩む二人が、自然の大きさに思いを寄せながら、ささやかな出会いをはぐくんでいく。
表題作のほかに、「はり絵がつなぐ恋」「天神様の約束」の2編を収録。
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