実力・格式ともに九州随一の大名だった大友宗麟は、九州探題の立場で島津氏に鉄槌を加える名目で天正六年(一五七八)日向侵攻を開始した。<br />しかし宗麟の真の目的は、日向での「キリシタン王国」建設にあった。<br />島津氏は宗麟の夢を打ち砕く。<br />島津氏、日向平定戦。<br />