赤穂浪士一党の仕置から三年、吉良上野介の養嗣子左兵衛が、幽閉地にてひっそりと息を引き取った。<br />一方で、そのおよそ四年後、浅野内匠頭の弟大学が、将軍への謁見を許されている。<br />両家の明暗を分けた幕府の思惑とは? 赤穂事件のその後を追う!