ヒロシマを暴いた男 米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦
原爆の正体を世界中に知らせた、一人の記者がいた。
1946年8月、とある雑誌の特集記事にアメリカ中が騒然となった。
第二次世界大戦でアメリカに勝利をもたらした広島と長崎の原子爆弾が、1年後も市民に後遺症と死の苦しみを与えていることを、人々は全く知らなかったのだ。
のちに世界的名著となったルポ『ヒロシマ』は、いかにしてアメリカ軍やGHQの隠蔽と検閲をすり抜け、世に知られるに至ったか。
小説でピューリツァー賞を受賞しながらも才気ある記者として活躍したジャーナリスト、ジョン・ハーシーと雑誌『ニューヨーカー』の軌跡を辿る。
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