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夫・車谷長吉

この世のみちづれとなって――十一通の絵手紙をもらったのが最初だった。
直木賞受賞、強迫神経症、お遍路、不意の死別。
異色の私小説作家を支えぬいた詩人の回想。
【本文より】長吉は二階の書斎で原稿を書き上げると、それを両手にもって階段を降りてきた。
「順子さん、原稿読んでください」とうれしそうな声をだして私の書斎をのぞく。
私は何をしていても手をやすめて、立ち上がる。
食卓に新聞紙を敷き、その上にワープロのインキの匂いのする原稿を載せて、読ませてもらう。
(中略)それは私たちのいちばん大切な時間になった。
原稿が汚れないように新聞紙を敷くことも、二十年来変わらなかった。
相手が読んでいる間中、かしこまって側にいるのだった。
緊張して、うれしく、怖いような生の時間だった。
いまは至福の時間だったといえる。
(本文より)




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