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明治国家と万国対峙 近代日本の形成

明治政府の掲げた国家目標とは何であったのか。
それは、欧米諸国と向かい合い並び立つ、「万国対峙」が可能な近代国家となることであった。
内実整備の実現に邁進した廃藩置県(1871年)から明治十四年の政変(81年)までの10年間は、万国対峙を目指してさまざまな道が模索された。
西郷隆盛・木戸孝允・大久保利通の万国対峙策を検証しつつ、明治日本における国家構想の試行錯誤の道程を、相克の政治史として描き出す。
プロローグ 国家目標としての万国対峙1 明治維新政府と万国対峙 万国対峙の表明 万国対峙策の提起2 留守政府と万国対峙 岩倉使節団の派遣 近代化への急発進 改革の反動 国権拡張政策3 万国対峙をめぐる政変 岩倉使節団の欧米体験 外征策の高揚 西郷隆盛と万国対峙 西郷隆盛の辞職 4 大久保政権の成立と内務省 内務省の創設 大久保政権への反発 台湾出兵 木戸孝允と万国対峙 5 大久保政権と万国対峙 立憲政体に向けて 内務省事業の本格化 朝鮮との国交樹立 反大久保政権運動 6 立憲制国家と万国対峙 大久保路線の修正 自由民権運動の高揚 明治一四年の政変エピローグ その後の万国対峙




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