平成の死: 追悼は生きる糧
鈴木涼美さん(作家・社会学者)推薦!世界で唯一の「死で読み解く平成史」であり、「平成に亡くなった著名人への追悼を生きる糧にした奇書」である。
「この本を手にとったあなたは、人一倍、死に関心があるはずだ。
そんな本を作った自分は、なおさらである。
ではなぜ、死に関心があるかといえば、自分の場合はまず、死によって見えてくるものがあるということが大きい。
たとえば、人は誰かの死によって時代を感じる。
有名人であれ、身近な人であれ、その死から世の中や自分自身のうつろいを見てとるわけだ。
これが誰かの誕生だとそうもいかない。
人が知ることができる誕生はせいぜい、皇族のような超有名人やごく身近な人の子供に限られるからだ。
また、そういう人たちがこれから何をなすかもわからない。
それよりは、すでに何かをなした人の死のほうが、より多くの時代の風景を見せてくれるのである。
したがって、平成という時代を見たいなら、その時代の死を見つめればいい、と考えた。
大活躍した有名人だったり、大騒ぎになった事件だったり。
その死を振り返ることで、平成という時代が何だったのか、その本質が浮き彫りにできるはずなのだ。
そして、もうひとつ、死そのものを知りたいというのもある。
死が怖かったり、逆に憧れたりするのも、死がよくわからないからでもあるだろう。
ただ、人は自分の死を認識することはできず、誰かの死から想像するしかない。
それが死を学ぶということだ。
さらにいえば、誰かの死を思うことは自分の生き方をも変える。
その人の分まで生きようと決意したり、自分も早く逝きたくなってしまったり、その病気や災害の実態に接して予防策を考えたり。
いずれにせよ、死を意識することで、覚悟や準備ができる。
死は生のゴールでもあるから、自分が本当はどう生きたいのかという発見にもつながるだろう。
それはかけがえのない「糧」ともなるにちがいない。
また、死を思うことで死者との「再会」もできる。
在りし日が懐かしく甦ったり、新たな魅力を発見したり。
死は終わりではなく、思うことで死者も生き続ける。
この本は、そんな愉しさにもあふれているはずだ。
それをぜひ、ともに味わってほしい。
死とは何か、平成とは何だったのか。
そして、自分とは――。
それを探るための旅が、ここから始まる。
」(「はじめに」より抜粋)
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