わずか2年の作家期間にもかかわらず、日本SFに巨大な足跡を遺した伊藤計劃(没後、『ハーモニー』で第30回日本SF大賞受賞)、圧巻の絶筆。書き下ろし長編作品の冒頭に相当する。SF界屈指の翻訳者/書評家・大森望の責任編集でお届けするオリジナル日本SFアンソロジー『NOVA1』(全11編)の分冊版。「屍者の帝国」(解説:大森望)に併せて、「序」(大森望)収録。【作品冒頭】 まず、わたしの仕事から説明せねばなるまい。 必要なのは、何をおいてもまず、屍体だ。 薄暗い講堂に入ると、微かに異臭が感ぜられた。思わずウェストコートのポケットからハンカチーフを取り出し鼻を覆う。見当はすぐにつく。これは校舎の臭いではない。ほぼ確実に骸の臭い、屍体の臭いだ。八角形の講堂の中心に置かれているのは解剖台で、その傍らには教授と瓦斯灯、何やら台に乗せた複雑怪奇な機械が付き添っている。わたしは友人のウェイクフィールドと共に講堂へと入ると、教授と解剖台との周囲を八角形に取り巻く席のひとつにつき、続く聴講生全員が講堂に入ってくるのを待った。「あれがそうかな」 解剖台の上に横たわるものを指さしながら、ウェイクフィールドが耳許でささやく。