あのひとを知らなかった日々にはもう戻れない。デビュー作で泉鏡花賞受賞、艶めく文章に定評のある著者が全力でぶつかった恋愛小説。一重で三白眼で、ヒールを履いたらすれ違いざまにびびられるほどの大柄。女子高では「お父さんみたいで安心する」ってふわふわ可愛い同級生に抱きつかれた。大学で義務のように経験したセックスは未遂だから‘半分’処女。中学のときに母親が出て行き、こないだ父親が事故で死んだ。そうして迎えた二十歳の夏、私は荒々しいほどの恋と欲を知った。高身長と目つきの悪さを気にする藤子は父の四十九日の後、何もかも億劫で半ばひきこもり生活を送っている。ある夜、父の死を知らず訪ねて来たのは、近所の写真館の不良息子で今は有名なカメラマンで、ついでに痴情のもつれで流血している全さんだった。父より年の違う男に振り回され、踏み込まれ、撮られる、嵐のようなひと夏を十年越しに振り返るとき、藤子の中で何かが動き始める。綺麗なだけの恋なんて、いらない。苦くて重くてどろりと蜜が溢れるような。そんな恋を堪能する一冊。